大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和31年(ワ)526号 判決

原告 住田一義

被告 奥村静夫 外二名

主文

被告奥村静夫は原告に対し金拾五万円及び之に対する昭和三十年五月九日以降右完済に至る迄年六分の割合に依る金員を支払うべし。

被告山県冷凍工業株式会社及び被告山県正直は連帯して原告に対し金拾弐万八千九百七円九拾参銭及び之に対する昭和三十年五月九日以降右完済に至る迄年三割六分の割合に依る金員を支払うべし。

原告の被告山県冷凍工業株式会社及び被告山県正直に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を十分しその一を原告、その余を被告等の連帯負担とする。

この判決は第一、二項の部分につき仮に執行することができる。

事実

原告は「被告等は連帯して原告に対し金十五万円及び之に対する昭和三十年五月九日より右完済に至る迄被告奥村静夫は年六分の割合、被告山県冷凍工業株式会社並びに被告山県正直は夫々日歩金二十五銭の割合に依る金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、被告奥村鋼材店事奥村静夫は被告山県冷凍工業株式会社に宛て金額十五万円満期昭和三十年五月八日、支払地振出地共名古屋市、支払場所株式会社協和銀行八熊支店なる約束手形一通を振出し、同被告会社は之を被告山県正直に、同被告は更に之を原告に夫々拒絶証書の作成義務を免除して裏書譲渡した。

依つて原告は右手形の支払を求めるため之を株式会社東海銀行に取立委任裏書をなし、同銀行より右手形を満期の翌日支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶せられた。

なお原告と被告会社及び被告山県との間に昭和三十年三月五日同被告等が原告に対する手形債務の履行を怠つたときは日歩金三十銭の割合に依る損害金を支払う旨の特約がなされていた。

しかして原告は貸金業者であつて本件約束手形は金銭の消費貸借を原因とするいわゆる手形貸付により取得したものでなく手形割引により取得したものでその本質は手形証券の売買であり本件手形は元来商業手形である。従つて前示損害金の特約については利息制限法の適用がない。出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律第五条第五項には割引料も利息とみなし、又第九条には手形割引もこれを金銭の貸付とみなす旨定められているが之等の規定は利息その他金銭的対価につき不当高価乃至暴利行為の取締を目的とするものであるから之を以つて直ちに手形割引を消費貸借にその性質を変更せしめるものではない。

仍つて被告等に対し連帯して右手形金十五万円及び之に対する昭和三十年五月九日以降右完済に至る迄被告奥村静夫に対しては法定利率に依る年六分の割合、被告山県冷凍工業株式会社及び被告山県正直に対しては前示特約の損害金日歩三十銭を日歩金二十五銭に減額した割合に依る損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告会社及び被告山県の抗弁事実を認めた。〈立証省略〉

被告等は夫々原告の請求を棄却するとの判決を求め、被告奥村静夫は答弁として原告主張の如き約束手形一通を振出したこと、右手形は原告主張の如く不渡りになつたことは認めるが裏書関係は不知と述べた。〈立証省略〉

被告山県冷凍工業株式会社代表者兼被告山県正直は答弁として原告主張事実は手形割引の性質の点を除き全て認めると述べ、抗弁として被告等は右手形を昭和三十年三月五日原告より割引を受け割引料として金二万五千百円、公正証書作成費用として金七百五十円差引かれた残額金十二万四千百五十円を受取つたに過ぎないと陳述した。〈立証省略〉

理由

一、被告奥村静夫に対する請求、

被告奥村が原告主張の如き手形を振出したことは当事者間に争なく成立に争ない甲第一号証に依れば本件手形は被告山県冷凍工業株式会社が自地裏書をなし、次で山県正直が白地裏書をなし次で原告が株式会社東海銀行に取立委任裏書をなしていることが認められるから原告は本件手形上の権利者なること明らかである。しかして原告がその主張の如く本件手形を支払のため呈示したが拒絶せられたことは当事者間に争がない。しからば被告奥村は原告に対し本件手形金及び利息を支払うべき義務あるものと云わねばならない。

二、被告山県冷凍工業株式会社及び被告山県正直に対する請求、

被告等が原告主張の手形を拒絶証書の作成義務を免除の上夫々裏書譲渡し、原告がその主張の如く本件手形を支払のため呈示したが拒絶せられたこと、被告等の右裏書は原告より昭和三十年三月五日手形割引を受けたものであつて被告等は原告より本件手形金額十五万円より割引料として金二万五千百円及び公正証書作成費用として金七百五十円を差引いた金十二万四千百五十円を受取つたこと及び原告と被告等との間に原告主張の如き損害金の特約が存することは当事者間に争がない。

しかるところ右損害金及び割引率が利息制限法の適用を受けるや否やに関し本件手形割引の性質を考察するに、従来一般に手形割引(手形貸付は論外)の性質につき論議せられ手形売買説が有力に説かれているが、全て手形売買であると決することは手形割引における当事者の意思表示を劃一的な型に嵌める嫌いあり当事者の明示或は黙示の意思を洞察するものでない。要は当事者の意思表示の重点が授受せられる金員を手形の代価に在りと観られるか、手形を担保としての金融に在りと観られるかに依つて決せらるべく前者は手形の売買、後者は消費貸借となるものであつて手形割引の夫々の場合に具体的に決せらるべきものと云わねばならない。尤も後者と観られる場合としても被割引者は手形不渡に至つて始めて割引者より履行を求められるものであることは否定できないがこの点は担保として提供せられるものが手形なる関係上その性質より当事者の意思において担保の提供そのものに予め被裏書者の債務弁済の方法が含まれているものと解されるから右の点は消費貸借の性質を害うものでない。しかしてここで考えられる点は手形割引が売買或は消費貸借と孰れとも積極的に認められる事情が窺われない場合どちらに認むべきかであるが、かかる場合には取引社会の実情よりして消費貸借と解するを相当とする。

ひるがえつて本件手形割引は右孰れに該当するかについて案ずるに原告の全立証に依るも手形売買なる事実を認むべき証左なく、なお当事者間に争のない原告は貸金業者なること及び本件手形割引に当り原告が公正証書作成費用を徴したことより本件手形割引は金銭消費貸借であると認めねばならぬ。右認定に反する甲第二号証(手形売買割引などに関する特約書)は債務者に厳しい且つ不合理な点を含む(例えば元本債権に対し内入金があつたときと雖も一応元本債権を表示して公正証書等を作成すること)特約書であつてその内容の全てについて債務者が約諾しているとは容易に認め難いものであるからこの文面中手形売買割引なる文言があるもこの点は措信できない。

さて然らば先ず本件手形割引率は利息の天引として利息制限法第二条の適用を受くべく従つて被告等が受領した金額十二万四千九百円(公正証書作成費用金七百五十円加算)に対する手形割引日たる昭和三十年三月五日以降満期の日たる昭和三十年五月八日迄の年一割八分の割合に依る利息は金四千七円九十三銭と計上せられ、割引料金二万五千百円は右利息金を超えるからその超過額金二万一千九十二円七銭は元本の支払に充てたものとみなされ結局は元本は金十五万円より右超過額を控除した金十二万八千九百七円九十三銭となり、次に特約に依る損害金は同法第四条の適用を受け、同法第一条所定の年一割八分の二倍の三割六分を以つて限度とせられる。

然らば被告等は原告に対し右元本と損害金の限度において本件手形金を支払う義務あるものと云わねばならない。尤も被告会社は手形上は原告に対する直接の裏書人でないから手形債務者として手形金額全額につき責任ありとの見解も考えられないこともないが前叙の如く被告会社は被告山県と両名で本件手形の割引を受けたものであるから被告会社の裏書も原告に対し直接金銭消費貸借の担保としての交付手段と推認せられるから、かかる事情の下にあつては被告会社は原告に対し右消費貸借成立の額を以つて対抗し得るものと解するから右見解に依らない。果して然らば原告の請求は、被告奥村に対し本件手形金十五万円及び之に対する満期の翌日たる昭和三十年五月九日以降右完済に至る迄手形法所定の年六分の割合に依る利息の支払を求める請求全部を正当として認容し(同被告が原告に右手形金全額を支払つた場合前示消費貸借の元本たる金十二万八千九百七円九十三銭を超過する部分は原告が被告会社及び被告山県に対する関係において不当利得となるや否や措く置く)被告会社及び被告山県に対し連帯して本件手形金十五万円の内前示消費貸借の元本額たる金十二万八千九百七円九十三銭及び之に対する右昭和三十年五月九日以降右完済に至る迄年三割六分の割合に依る遅延損害金の支払を求める限度において正当として之を認容し爾余の請求は失当として之を棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条に則つて主文の通り判決する。

(裁判官 西川力一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例